羅生門(一の二)
綱はひとりで笑って、
「はッは、鬼め、こわくなったかな。やはり鬼が出るというのはうそなのだろう。まあ、せっかく来たものだから、高札だけでも立てて帰ろう。」
と独り言をいいながら、門の前に高札を立てました。
「やれやれ、つまらない目にあった。」
綱はぶつぶついいながら、そのまま帰って行こうとしました。 あいにく雨が強くなって、風が出てきました。 真っ暗な中で綱は、しきりに馬を急がせました。
ふと綱の乗っていた馬がぶるぶると身ぶるいをしました。 そのとたん、ずしんと何か重たいものが、後ろの鞍の上に落ちたように思いました。 おやと思って、綱がそっとふり向くと、なんだかざらざらした堅いものが顔にさわりました。 それといっしょにいきなり後ろから襟首をつとつかまれました。
「とうとう出た。」
綱はこう思って、襟首を押さえられたまま鬼の腕をつかまえて、
「ふん、きさまが羅生門の鬼か。」
といいました。
「うん、おれは愛宕山の茨木童子だ。毎晩ここへ出て人をとるのだ。」
と、鬼はいうなり綱の襟首をもって空の上に引き上げました。
引き上げられながら綱はあわてず刀を抜いて、横なぐりに鬼の腕を切りはらいました。 その時くらやみの中で「ううん。」とうなる声がしました。 そのとたん綱はどさりと羅生門の屋根の上に落とされました。
その時はるかな黒雲の中で、
「腕は七日の間預けておくぞ。」
と鬼はいって、逃げて行きました。
綱はそろそろ屋根をおりて、その時までもしっかり襟首をつかんでいた鬼の腕を引きはなして、それを持って、みんなのお酒を飲んでいる所へ帰って行きました。
帰って来ると、みんなは待ちかまえていて、綱をとりまきました。 そして明かりの下へ集まって鬼の腕をみました。 腕は赤さびのした鉄のように堅くって、銀のような毛が一面にはえていました。
みんなは綱の武勇をほめて、また新しくお酒を飲みはじめました。
