魔術(八)
私はこの刹那に欲が出ました。 テエブルの上に積んである、山のような金貨ばかりか、折角私が勝った金さえ、今度運悪く負けたが最後、皆相手の友人に取られてしまわなければなりません。 のみならずこの勝負に勝ちさえすれば、私は向うの全財産を一度に手へ入れることが出来るのです。 こんな時に使わなければどこに魔術などを教わった、苦心の甲斐があるのでしょう。 そう思うと私は矢も楯もたまらなくなって、そっと魔術を使いながら、決闘でもするような勢いで、「よろしい。まず君から引き給え。」
「九。」
「王様。」
私は勝ち誇った声を挙げながら、まっ蒼になった相手の眼の前へ、引き当てた札を出して見せました。 すると不思議にもその骨牌の王様が、まるで魂がはいったように、冠をかぶった頭を擡げて、ひょいと札の外へ体を出すと、行儀よく剣を持ったまま、にやりと気味の悪い微笑を浮べて、「御婆サン。御婆サン。御客様ハ御帰リニナルソウダカラ、寝床ノ仕度ハシナクテモ好イヨ。」
と、聞き覚えのある声で言うのです。 と思うと、どういう訳か、窓の外に降る雨脚までが、急にまたあの大森の竹藪にしぶくような、寂しいざんざ降りの音を立て始めました。
ふと気がついてあたりを見廻すと、私はまだうす暗い石油ランプの光を浴びながら、まるであの骨牌の王様のような微笑を浮べているミスラ君と、向い合って坐っていたのです。
私が指の間に挟んだ葉巻の灰さえ、やはり落ちずにたまっている所を見ても、私が一月ばかりたったと思ったのは、ほんの二三分の間に見た、夢だったのに違いありません。 けれどもその二三分の短い間に、私がハッサン・カンの魔術の秘法を習う資格のない人間だということは、私自身にもミスラ君にも、明かになってしまったのです。 私は恥しそうに頭を下げたまま、しばらくは口もきけませんでした。
「私の魔術を使おうと思ったら、まず欲を捨てなければなりません。あなたはそれだけの修業が出来ていないのです。」
ミスラ君は気の毒そうな眼つきをしながら、縁へ赤く花模様を織り出したテエブル掛の上に肘をついて、静にこう私をたしなめました。
