里の春、山の春(一)
野原にはもう春がきていました。
桜がさき、小鳥はないておりました。
けれども、山にはまだ春はきていませんでした。
山のいただきには、雪も白くのこっていました。
山のおくには、おやこの鹿がすんでいました。
坊やの鹿は、生まれてまだ一年にならないので、春とはどんなものか知りませんでした。
「お父ちゃん、春ってどんなもの。」
「春には花がさくのさ。」
「お母ちゃん、花ってどんなもの。」
「花ってね、きれいなものよ。」
「ふウん。」
けれど、坊やの鹿は、花をみたこともないので、花とはどんなものだか、春とはどんなものだか、よくわかりませんでした。
