三百万円の判子
とおる:たくみ君、これ見て。例の測量機、見積もりが今朝届いた。
たくみ:うわ、思ったより高いですね。
とおる:三百万。うちみたいな事務所には、大きい買い物だよ。
たくみ:一括は無理ですよね。
とおる:無理。だから、銀行のローンを組むかどうか、先週からずっと検討してる。
たくみ:月々どのぐらいになるんですか。
とおる:五年で返すと、月に五万ちょっと。
たくみ:五万か……。僕の家賃より高いです。
とおる:君の家賃が安すぎるんだよ。
たくみ:それは否定しません。
(とおるは机の上のカレンダーをめくった。)
とおる:正直に言うとね、仕事が減ったときが怖いんだ。五年は長いよ。
たくみ:でも所長、外注してる分はどう計算してるんですか。
とおる:外注?
たくみ:先月の三軒茶屋の現場、測量だけで十八万払ってます。その前の駅前のも、確か十五万でした。
とおる:……一年分だと、いくらになるんだろう。
たくみ:足してみたんです。去年は百六十万でした。
とおる:百六十。
たくみ:二年で機械の値段を超えます。
とおる:それ、もっと早く言ってよ。
たくみ:所長が、計算したくなさそうだったので。
とおる:うるさいな。
(二人は少し笑った。)
たくみ:それに、自分たちで測れるようになったら、あの改装の仕事も断らずにすみましたよね。
とおる:あれは痛かったなあ。
たくみ:似た話、来月も二件来てます。
とおる:来てるの。
たくみ:来てます。断る前提で、机の端に置いてあります。
とおる:置くなよ、そんな場所に。
たくみ:じゃあ、どこに置けばいいんですか。
とおる:……よし、決定。買おう。ローンを組む。
たくみ:本当にいいんですか。そんなに急に。
とおる:急じゃない。一週間悩んだ。
たくみ:一週間ですか。
とおる:僕の中では長いんだよ。
たくみ:分かりました。決算書と印鑑、用意しておきます。
とおる:銀行の手続きは、今日中に出してくる。
たくみ:今日ですか。明日でもいいのでは。
とおる:明日になったら、また悩むから。
たくみ:……それ、決定っていうより、逃げてませんか。
とおる:結果が同じなら、どっちでもいいんだよ。
