三と八の日
駅の東口を出て、細い道を五分ほど歩くと、小さな神社がある。 その神社まで続く二百メートルほどの道が、この町の商店街だ。 まっすぐではなく、途中で二回、ゆるく曲がっている。 地図で見ると不思議な形だが、この曲がり方にも、店の並び方にも、理由がある。
はじめにあったのは、神社だけだった。 江戸時代、この辺りは畑と林で、村の人が月に何度か参りに来る場所だった。 参る人がいれば、休む場所がいる。 まず、道の入口に茶屋ができた。 次に、供える花を売る店ができた。
決まった日に市が立つようになったのは、そのあとだ。 この町の市の日は、今も三と八のつく日である。 隣の町の市が二と七の日だったので、日が重ならないように決めたと言われている。 売る人は、同じ品物を持って両方の町を回ることができた。 買う人も、五日おきに買い物ができた。
市に人が集まれば、店が増える。 米屋、豆腐屋、下駄屋。 特に下駄屋は、参道の石の道で下駄が減るので、よく売れたそうだ。 道が二回曲がっているのも、この時期にできた形である。 もとは畑の間の細い道だったところに、店が少しずつ建っていったからだと言われている。
戦争のあと、商店街は一度大きく変わった。 市の日以外にも店を開けるようになり、八百屋や電気屋が並んだ。 そして、駅の向こうに大きなスーパーができると、店の数は半分になった。 今は、シャッターの閉まったままの店も何軒かある。
それでも、三と八の日には、まだ市が立つ。 野菜と漬物と、季節の花。 店の数は十軒ほどで、昼過ぎには終わってしまう。
この商店街で一番古いものは、建物ではない。 建物は何度も建て直され、店の名前も変わった。 一番古いのは、市の日の数字だ。 四百年ほど前に隣の町と決めた約束が、今も残っている。
