箱の中で開く紙
日曜の朝十時、鵜飼は小学校の体育館に入った。 中には長い机が並んでいて、思っていたより人が少なかった。 並んだ机の列は少しずれていた。 ちょうど、朝いちばんの人たちが帰ったタイミングだったらしい。
受付に座っていたのは、腕章をつけた年配の男の人だった。 名札には土肥とあった。
鵜飼ははがきを出した。 「これで合ってますか。初めてなので……」
「はい、それで大丈夫ですよ」と土肥が言った。「今日はおかげさまで空いてましてね。はがきは、市民の名簿を見て送っているだけなんです。無くしても、こちらで確認できますよ」
土肥はとりあえず名簿で鵜飼の名前を確かめ、投票用紙を一枚渡した。
「この紙を持って、向こうの台へどうぞ。時間はたっぷりありますから、ゆっくり書いてください」
「どんなふうに書けばいいんですか」
「書きたい候補者のお名前を、一人だけ。それだけです」
鵜飼は台の前に立った。 仕切りの中には短い鉛筆が置いてあって、紐で机につながれていた。 市長を選ぶ選挙で、名前は五つ並んでいた。
たしか高校の授業で一度習ったはずだが、実際に自分の字で人の名前を書くとは思っていなかった。 機械のボタンを押すようなものだと、なんとなくイメージしていたのだ。
名前を書くときは、さすがに少し緊張した。 書き終わって顔を上げると、隣の台はもう空いていた。
紙を二つに折って、投票箱に入れた。 それで終わりだった。 入り口から出口まで、およそ五分。
「あの」と鵜飼は帰りに土肥に聞いた。 「これ、折ったままで大丈夫なんですか」
「大丈夫です。あの紙は、箱の中で自然に開きますから」
「開くんですか」
「そういう紙なんですよ。数える人が広げなくていいように」
外に出ると、近所の人らしいグループが門を入ってきた。 鵜飼は指先の感じを思い出した。 あの紙は普通の紙より少し厚くて、硬かった。 折り目のところが、押しても戻ろうとしていた。
