紙にのらなかった名前
高円寺の狭いバーでは、毎週水曜の夜にクイズ大会がある。 九鬼と茅野の二人組は、その日、地理の問題ばかりが並ぶ回に当たってしまい、六問中まだ一問も取れていなかった。
一問目は、アフリカ大陸で人口がいちばん多い国はどこか、だった。 二人はエジプトと書いた。 正解はナイジェリアだった。
三問目が読み上げられた。 ブラジルの首都はどこか。
「ブラジリア」と茅野がすぐに言った。 「たしか、そういう名前の街があるでしょう」
九鬼はしょっぱいポテトを一本つまんで、首を振った。 「聞いたことはあるけどさ。首都って、ふつうその国でいちばん人口の多い都市だろう。ブラジルなら、リオじゃないか」
「そうとは限らないよ。大陸が違っても同じで、オーストラリアの首都はシドニーじゃなくてキャンベラだし、アメリカもニューヨークじゃない。世界には、いちばん大きい都市が首都じゃない国がいくつもある」
「それは知ってる。さすがにそれくらいはね」と九鬼は言った。 頭の中の地図では、リオは海のそばにあった。 あるいはもっと内側にも大きな街があるのかもしれないが、名前は出てこない。 「でも、ブラジリアって、なんか新しすぎない? 作った街みたいな響きだよ」
「作った街だよ」
「ほら。そういうのが首都になるかな」
隣のグループはもう答えを出しに立っていた。 残り時間はおよそ一分。 茅野の中で、答えを変えるタイミングと、変えない理由が入れ替わった。 どうにか一問は取りたかった。 九鬼の言い方に根拠はなかったが、自信だけはたっぷりあった。
「リオでいい?」と九鬼が聞いた。
「……いいよ。とりあえずリオで」
司会が答えを読み上げた。 正解はブラジリア。 ちなみにブラジルでいちばん人口が多い都市はサンパウロで、リオではない、と司会は付け加えた。
九鬼は、リオのイメージが強すぎたんだ、と言った。 二人の紙には「リオデジャネイロ」と書いてあった。 茅野が最初に口にした名前は、その夜、一度も紙にのらなかった。
