茶色の看板
あかりの店は、来月開く。 コーヒーと焼き菓子の小さな店だ。 決まっていないのは、看板だけだった。
パソコンで作れば、看板は三日で届くし、値段も安い。 それでもあかりは、商店街の奥にある看板屋の戸を開けた。
おじいさんは机に向かって、細い筆で線を描いていた。 八十を過ぎているのに、手は少しも震えていない。
「あの、看板をお願いしたいんですが」
「何の店だい」
「喫茶店です。『みちくさ』という名前にします」
おじいさんは紙に文字を書いて、あかりに見せた。 「こんな感じでどうだい」
「わあ、字が柔らかいですね。あの、色は青がいいと思っているんですが」
「青か。悪くないよ。でも、この字なら茶色だな。コーヒーの色だよ」
「……そうします。お願いします」
十日後、看板が届いた。 茶色の字は、遠くから見ると木でできているようだった。 近くで見ると、線の太さが一本ずつ少しずつ違う。 機械では出せない線だ。 あかりは感心して、しばらく看板を見ていた。
開店の朝、隣の店の人が看板を見上げて言った。 「この字、うちの父が昔書いてもらった看板と同じだね」
「同じ人が描いたんです」とあかりは言った。
