線は直さなかった
苫米地さんは、本棚の一番下から古い紙を一枚引き出した。 厚い辞書と写真の本の間にはさまれて、四十年、そこに立っていた紙だ。 中学校の授業で黒板の横に貼るために、自分で描いた世界の地図だった。
のんびりお茶を入れてから、机の上に広げると、折り目の通りにぴったり四つに分かれた。 昔の紙は作りがしっかりしていて、四十年たってもまだ破れていない。 教えるのをやめてから、もう十年になる。 今は時間の余裕だけはある。 苫米地さんは眼鏡を上げて、紙をのぞきこんだ。
線は思ったよりきれいだった。 ただ、東の方と、北のあたりの国境が、今の形と違っている。 名前が変わった国もあれば、消えた国もある。 主な線だけでも、一体いくつ直せばいいのか分からない。 ペンを持ってはみたが、今の国境についての自分の知識が不足していることは、自分が一番よく分かっていた。
紙を裏返すと、日本の地図が出てきた。 同じ日に描いたものだ。 県の形も数も四十年前のままで、こちらは直すところがない。 ただ、県の中に小さく書いた町の名前を目で追っていくと、直すところがいくつも見つかった。 二つの町が一つになって、別の名前になったところ。 三つが一つになって、どこにも残らなかった名前。 苫米地さんが生まれた東北地方の町も、その中にあった。
「なくなったわけじゃないのよ」と、苫米地さんは誰もいない部屋で言った。 町は今もそこにあり、バス停も郵便局もそのままだ。 変わったのは呼び方だけだ。
結局、線は一本も直さなかった。 ミスではないからだ。 四十年前、この紙は正しかった。 苫米地さんは右下の空いているところに、細いペンで描いた年を小さく付け加え、また同じ二冊の本の間にはさんだ。
