ラップは一本で三つ分
(土曜の午前。浅利の家の玄関に、かばんが二つ並べて置いてある。)
真室:それが浅利さんの? 思ったより小さいね。
浅利:はい。三日分って言われたので、そのつもりで詰めました。
真室:作りはしっかりしてるね。肩のところが太いのがいい。……水は?
浅利:二リットルを二本です。うちは一家三人なので、本当はもっと要るんでしょうけど。
真室:三人で四リットルは不足だと思うよ。うちの避難所、丘の上の小学校だから、そこまで歩くだけで飲んじゃう。
浅利:位置は地図で確認しました。でも、歩いたことはないです。
真室:一度歩いたほうがいい。坂の途中に階段があるから、荷物が重いと大変。
浅利:真室さんは、行ったことあるんですか。
真室:二年前の台風のとき、一晩だけ泊まった。
浅利:どうでしたか。
真室:寒くはなかったけどね。水が自由に使えなくて、それがいちばん不自由だった。
(真室が浅利のかばんをのぞきこむ。)
真室:……一体これ、何。小銭の袋?
浅利:はい。百円玉と十円玉です。
真室:今どき、現金を持ち歩く人なんている?
浅利:災害のときは、カードも電子マネーも使えないことがあるので。公衆電話にも十円玉がいるそうです。
真室:……なるほどね。それは考えてなかった。
浅利:真室さんのは、ずいぶん重そうですけど。
真室:缶詰が四つと、ラジオと、ライターとろうそく。あと、これ。
浅利:……ラップ、ですか。台所の。
真室:そう。
浅利:食べ物を包むんですか。
真室:お皿にかぶせるの。食べ終わったら、はがして捨てるだけ。洗わなくていいでしょう。
浅利:あ。水が要らない。
真室:体に巻けば温かいし、細く切ればひもにもなる。二年前、それを持ってたのは私だけだった。
浅利:万一のときは、一本で三つ分ですね。
真室:そういうこと。かばんの横に立てて入れると、ぴったりだから。
(浅利が真室のかばんを持ち上げて、すぐに床に戻す。)
浅利:……真室さん、これ、持って歩けますか。
真室:門までなら。
浅利:地震のあとは、道もでこぼこになりますよ。
真室:……缶詰を二つ出す。二つなら、なんとか持てるから。
浅利:僕は帰りにラップを買ってきます。一本。
真室:二本にして。うちのも、そろそろ短いの。
