ばあちゃんはこわい
金曜日の夜、悠真の携帯が鳴った。 岩手の祖母、千代からだった。 悠真は東京で働き始めて二年になる。 電話に出るのは、たいてい金曜の夜だけだ。
「もしもし、悠真か。元気でやってるか」
「うん、まあまあ。ばあちゃんは?」
「んー、今日はちょっとこわくてなあ」
悠真は思わず立ち上がった。
「え、こわいって、何が? 誰か来たの?」
千代は電話の向こうで少し黙った。 それから、笑い出した。
「そっちの『こわい』じゃないよ」
「え?」
「こっちでは、疲れたことを『こわい』って言うんだ。おばあちゃんは、今日は畑に出てたから、体がこわいの」
悠真は座り直した。 心臓がまだ速い。
「……そういうの、先に言ってよ」
「言ったよ。ずっと言ってた。悠真が小さいころから、おばあちゃんは『あー、こわい』って言ってたべ」
言われてみれば、確かに聞いた覚えがあった。 夏休み、畑から帰ってきた祖母が、縁側に座って同じことを言っていた。 あのころは、意味を考えたこともなかった。
「そういえば、前に『これなげといて』って言われて、ごみを庭に投げたことあったな」
「あははは。あれは『捨てる』って意味だよ。悠真、本当に投げたのか」
「うん。ばあちゃん、何も言わなかったじゃん」
「小さかったから、面白くてね」
「じゃあ、東京の人が『こわい』って言ったら、ばあちゃん、どう思う?」
「ああ、それはね、最初は分かんなかったよ。三十年ぐらい前、上野で、若い人が『この道こわい』って言うから、熊でも出るのかと思って」
悠真は笑った。 祖母も笑っていた。
「ばあちゃん、来月、そっち行くよ。土曜と日曜」
「あら、ほんとか」千代は少し声を大きくした。 「じゃあ、掃除しないとね。……ああ、もっとこわくなるなあ」
「今の、分かったよ」と悠真は言った。
