おじいさんの手帳
十月の初め、おじいさんは古い茶色の手帳をポケットに入れて、まりと山の川へ出かけた。
川の水は冷たくて、石と石の間を速く流れている。 おじいさんはいつもの場所に立って、水の中をじっと見た。
「ほら、あそこ」と言って、おじいさんは川の真ん中を指さした。
黒い影が一つ、流れに向かって進んでいる。 押されて下がって、また上がる。 ヤマメだ。
「どうして下に行かないの。そっちのほうが楽なのに」とまりが聞いた。
「上で生まれたからだよ。生まれた場所に戻って、卵を産むんだ」
まりは石の上に座って、しばらく数えた。 三匹、五匹、七匹。 小さい滝の下で何度も跳んで、失敗して、また跳ぶ魚もいた。
おじいさんは手帳を開いて、鉛筆で何か書いた。 まりがのぞくと、古いページに細かい字が並んでいる。 十月八日、十二匹。 十月五日、二十匹。 一番古いページの日付は、五十年以上前だった。
「毎年来てるの」とまりが聞いた。
「まりのお母さんが小さいころも、ここに連れてきたよ」と言って、おじいさんは鉛筆をまりに渡した。 「今年は、まりが書きなさい」
まりは川をもう一度見て、指で数え直した。 それから今日の日付の下に、自分の字で「十四匹」と書いた。
