悔しい
金曜日の最終バスは空いていた。 小暮とちさとは、一番後ろのシートに並んで座った。
ちさとは今日、三年勤めた会社を辞めた。 朝、会社のコンピュータを返して、机の引き出しを空にした。 中はほとんどゴミだった。
「私、怒ってるんだと思う」とちさとが言った。
「誰に」と小暮が聞いた。
「分からない。部長かな。でも、いじめられたわけじゃないし」
窓の外を、ガソリンスタンドの明かりが流れた。
小暮はコンビニの袋からサンドイッチを出して、半分ちさとに渡した。
「じゃあ、ただ疲れてるだけかも。今日、スーツで一日歩いたから。かかともまだ痛い」とちさとは続けた。
「あとは不安かな。来月からお金が入らないし。ううん、がっかりしただけかも」
自分の感情の名前が、さっきから一つも当たらない。
「ちさと」と小暮が言った。 「それ、悔しいって言うんだよ」
「うん」とちさとは言った。 「悔しい」
言葉が見つかったら、急に泣けた。
「泣いてもかまわないよ」と小暮が言った。 「今日はバスに誰もいないから」
