朝五時の川沿い
なおみが走り始めたのは、四月の終わりだった。 理由はダイエットだ。 三十四歳になって、去年のスカートのホックが止まらなくなった。 それだけの理由だった。
最初の一週間は、家の前の川沿いを二キロ。 息が上がって、途中で歩いた。 それでも六月には五キロが続けて走れるようになり、その勢いで、十一月の市民マラソンのハーフに申し込んでしまった。 参加費は三千五百円。 振り込んだ日に、少し怖くなった。
夏は、朝五時に起きて走った。 体重は七月に二キロ落ちて、そこで止まった。 八月は一グラムも動かなかった。 ダイエットのために始めたのに、体重計の数字は、もう何も言ってくれない。
九月の日曜日、初めて十五キロに挑戦した。 十二キロの地点で、右の膝の外側が痛くなった。 歩いた。 残りの三キロを、ほとんど歩いて帰った。
家に着いて、玄関に座ったまま、なおみはしばらく動けなかった。 悔しいのではなかった。 自分に呆れていた。 四か月やって、まだ十五キロも走れない。 体重も減らない。 何をやっているんだろう、と思った。 自己嫌悪という言葉の意味を、そのとき初めて体で分かった気がした。
火曜日も水曜日も走らなかった。 木曜日の夜、なおみは申し込みのメールをもう一度開いて、取り消しの方法を調べた。 参加費は戻らないと書いてあった。
そこで、指が止まった。
戻らないから続ける、というのは、理由としてずいぶん情けない。 でも、画面を見ているうちに、なおみは自分が何を惜しがっているのかに気付いた。 三千五百円ではなかった。 朝五時の川沿いだった。 まだ暗い道に、いつも同じ時間に走っている人が四、五人いて、みんな黙って会釈だけしていく。 あの時間がなくなるのが嫌だった。
金曜日の朝、なおみは走りに出た。 ただし、決定を一つ変えた。 目標を、時間でも体重でもなく、「止まらずに帰ってくること」にした。 速さは捨てた。 膝が痛くなる手前で引き返すことにした。
十月の三週目、川沿いを走っていて、二つ目の橋を過ぎたところで初めて時計を見た。 十四キロだった。 息はまだ残っていた。
大会の日は、風のない晴れだった。 十五キロの地点で足は重くなったが、歩かなかった。 ゴールの時計は二時間二十六分。 表彰台とは何の関係もない数字だ。
もらったタオルを首にかけて出口に向かうと、来年の大会の受付のテントが出ていた。 なおみは列に並んだ。 並びながら、この二か月、体重計に一度も乗っていないことに気付いた。
