お母さんには内緒
六時十五分の児童館には、子どもが三人だけ残っていた。 部屋の真ん中で二人が積み木を高くしていて、律はその輪に加わらずに、窓側で本を開いていた。
甘利さんは、たたんだ紙を志摩さんの机に置いた。 真ん中から破れていて、裏からテープで留めてある。 「これ、律の机の引き出しに入っていました。夏のお泊まり会の紙です」
「はい」と志摩さんは言った。 「破ったところを、私も見ました」
甘利さんは紙をもう一度見た。 「見ていて、どうして私に電話をくれなかったんですか」
「律くんに、お母さんには内緒にしてほしいと言われました」
部屋の奥で、積み木がひとつ落ちた。 甘利さんは怒鳴らなかった。 そのかわりに、机に手をついて、体を少し前に傾けた。
「私は保護者です」と甘利さんは言った。 「八歳の子と先生が、母親に内緒を持つんですか」
志摩さんは立ち上がらなかった。 「持ちます」
「私が家で怒鳴ると思っているんですか」
「誰も責めていません」と志摩さんは言った。
「責められているように聞こえます」
志摩さんは部屋の真ん中を見た。 「昼間、あの二人は喧嘩しました。私は間に入りません。しばらくして、自分たちで仲直りしていました」
「子どもの喧嘩と、これは別の話です」
「それは、そうです。あの紙は二週間、引き出しの中でした。私に話したのは一度だけです。ここで私が話したら、律くんは次から誰にも話しません」
「じゃあ、母親の私は、知らないままですか」
「律くんが話すまでです」と志摩さんは言った。 「甘利さんと争うつもりはありません。私から言えるのは、それだけです」
「私も、責めに来たんじゃありません」
言い争いは、そこで止まった。 終わってはいなかった。
甘利さんは鞄の持ち手を握ったまま、窓のほうを見た。 律が、本を膝にのせて、こちらを見ていた。 いつから見ていたのか、分からなかった。
甘利さんは紙をたたんで鞄に入れ、志摩さんに頭を下げて、窓側へ歩いた。
「律」と甘利さんは言った。 「今日、何して遊んだの」
律は本を閉じた。 そして、部屋の真ん中の積み木を指さした。 甘利さんは鞄を床に置いて、その隣にしゃがんだ。
