寒い冗談と温かい味噌汁
拓海は先月、ひとつだけ決めたことがあった。 父の冗談には、絶対に笑わない。
夏休みの間、父は毎日のように同じような冗談を言った。 一度笑ってしまうと、その日は十回に増える。 だから拓海は、無表情の練習をしていた。
金曜日の夜、食卓には焼き鮭とイカの煮物が並んだ。 母は残業で、今夜は二人きりだ。 つまり、助けはいない。 父は箸を持ったまま、うれしそうに息子の顔を見た。
「拓海、知ってるか。うちの鮭は、酒より高いんだぞ」と父が言った。
拓海は下を向いて、ご飯を食べ続けた。 心の中では少し負けそうだったが、「ふうん」とだけ答えた。
父はあきらめない。 「イカもあるぞ。イカが、いかがですか」
「……いらない」と拓海は短く答えた。
「そうか。残念だなあ」
父は少し考えてから、また口を開いた。 「じゃあ、この大根。よく煮えてるだろう。……ちょっと、煮え切らないか」
拓海は無言でお茶を飲んだ。
拓海は勝ったと思った。 ところが、味噌汁を一口飲んで、思わず言ってしまった。
「お父さん、その冗談、寒いよ」
言った瞬間、しまったと思った。 父の目が光った。
「寒い? じゃあ、温めないとな」
父は立ち上がって、拓海の椀を電子レンジに入れた。 台所でピッと音がした。
「そういう意味じゃない」と拓海は言ったが、戻ってきた味噌汁は、さっきより確かに温かかった。 拓海は一口飲んで、下を向いたまま、笑うのを我慢した。
