訛りがうつる
父の転勤で、僕は中学二年の秋に、東京から大阪の学校に転校した。
最初の一週間は、何を言われているのか半分も分からなかった。 隣の席の男の子が「それ、ちゃうちゃう」と言う。 「違う違う」という意味らしい。 給食の時間には「なんでやねん」という声が三十回ぐらい聞こえる。 僕は標準語しか使ったことがなかったので、方言というより、外国語を聞いているような気がした。
早くみんなと仲良くなるために、僕は真似をしてみることにした。 ある日、その男の子が消しゴムを落としたので、拾って「おおきに」と言ってみた。
教室が静かになった。 それから、みんなが笑った。
その男の子は笑いながら言った。「はると、それ、店の人の言い方やで。無理に真似せんでええよ。標準語のままでも誰も困らへんし」
僕は少し恥ずかしくなって、それから半年ぐらい、ずっと標準語で話していた。
三月になって、東京の友達から電話がかかってきた。 テストの話をしていたとき、僕は自然にこう言った。
「あー、それ、めっちゃ難しかった」
電話の向こうが止まった。
「お前、今、訛ってたぞ」
言われるまで、全然気づかなかった。 真似をしようとしていたときには一つも身につかなかったのに、やめてから、僕は自然に大阪の言葉を使うようになっていたらしい。
次の日、隣の席の男の子にその話をした。 彼は「そら、慣れたんやろ」と言って、また笑った。
