話すたびに倍になる
土曜日の朝、堤防にはいつもの人たちが並んでいた。 初心者の男は、先週買ったばかりの竿を持って、いちばん端に座った。
隣にいた漁師のおじさんが話しかけてきた。 「兄さん、ここは初めてか」
「はい。まだ一匹も釣ったことがないんです」
「そうか。俺はな、去年ここで六十センチのスズキを釣ったことがあるよ」
一時間後、波が少し高くなってきた。 おじさんはまた同じ話を始めた。
「去年のスズキな、あれは百二十センチあった。持って帰るとき、腕が痛くなったよ」
男は驚いたが、何も言わなかった。 おじさんは経験が長いようだ。 自分が聞き間違えたのかもしれない。
昼前、おじさんの弁当が半分になったころ、三度目の話が来た。
「あのスズキ、二メートル近かったなあ。船より大きく見えたよ」
そのとき男は、話を聞くたびに魚が倍になっていることに気がついた。
「おじさん、次に聞いたら、四メートルですか」
おじさんは笑って、竿を上げた。 針には、指ぐらいの小さな魚がついていた。
「これはまだ一回目だからな。この大きさでいいんだ」
