魔術(三)
ミスラ君はこう言いながら、ちょいとテエブルの上のランプを置き直しましたが、その拍子にどういう訳か、ランプはまるで独楽のように、ぐるぐる廻り始めました。 それもちゃんと一所に止ったまま、ホヤを心棒のようにして、勢いよく廻り始めたのです。 初の内は私も胆をつぶして、万一火事にでもなっては大変だと、何度もひやひやしましたが、ミスラ君は静に紅茶を飲みながら、一向騒ぐ容子もありません。 そこで私もしまいには、すっかり度胸が据ってしまって、だんだん早くなるランプの運動を、眼も離さず眺めていました。
また実際ランプの蓋が風を起して廻る中に、黄いろい焔がたった一つ、瞬きもせずにともっているのは、何とも言えず美しい、不思議な見物だったのです。 が、その内にランプの廻るのが、いよいよ速になって行って、とうとう廻っているとは見えないほど、澄み渡ったと思いますと、いつの間にか、前のようにホヤ一つ歪んだ気色もなく、テエブルの上に据っていました。
「驚きましたか。こんなことはほんの子供瞞しですよ。それともあなたが御望みなら、もう一つ何か御覧に入れましょう。」
ミスラ君は後を振返って、壁側の書棚を眺めましたが、やがてその方へ手をさし伸ばして、招くように指を動かすと、今度は書棚に並んでいた書物が一冊ずつ動き出して、自然にテエブルの上まで飛んで来ました。 そのまた飛び方が両方へ表紙を開いて、夏の夕方に飛び交う蝙蝠のように、ひらひらと宙へ舞上るのです。 私は葉巻を口へ啣えたまま、呆気にとられて見ていましたが、書物はうす暗いランプの光の中に何冊も自由に飛び廻って、一々行儀よくテエブルの上へピラミッド形に積み上りました。 しかも残らずこちらへ移ってしまったと思うと、すぐに最初来たのから動き出して、もとの書棚へ順々に飛び還って行くじゃありませんか。
が、中でも一番面白かったのは、うすい仮綴じの書物が一冊、やはり翼のように表紙を開いて、ふわりと空へ上りましたが、しばらくテエブルの上で輪を描いてから、急に頁をざわつかせると、逆落しに私の膝へさっと下りて来たことです。 どうしたのかと思って手にとって見ると、これは私が一週間ばかり前にミスラ君へ貸した覚えがある、仏蘭西の新しい小説でした。
「永々御本を難有う。」
