七年前の写真
三崎の港の端に、大吉の船小屋がある。 トタン屋根の下に網とロープと古いバケツが置いてあって、朝の四時半になると、大吉はそこで湯を沸かす。 海に出るのをやめてからも、この習慣だけは変わらない。
妻が作っていたころのおにぎりは梅干しだったが、今は自分で握るから、中身はいつも鮭だ。 海苔は、駅前の店で安いのを買う。
猫は、湯が沸くころにやって来る。 白と黒の、右の耳の先が欠けた猫だ。 戸のすきまから入って、ロープの束の上にうずくまる。 大吉が鮭を少しちぎって置くと、においだけ確かめて、それからゆっくり食べる。
「あちらのほうが暖かいぞ」と大吉は言って、ストーブの前を指す。 猫は動かない。 ロープの上のほうが気に入っているらしい。
いつからか、大吉は猫の分を数えて米を研ぐようになっていた。 去年の冬、猫が三日来なかったときは、港の倉庫のあたりまで探しに行った。 それでも大吉は、この猫が来るようになったのは最近のことだと思っていた。 二年、いや三年くらいだろう、と。
先週、孫が船小屋の壁に貼ってある写真を持ち帰りたいと言った。 色のさめた写真だ。 大吉が網を直していて、後ろに海が写っている。 その隅に、白と黒の猫が座っていた。 右の耳の先が欠けている。 写真の裏には、七年前の日付が書いてあった。
七年。 妻が入院した年だ。 大吉は写真を壁に戻して、ロープの束の上を見た。 猫の顔は、たしかに白くなっていた。
「お前、ずっといたのか」
猫は目を細めただけだった。 次の朝、大吉は米を少し多めに研いだ。 おにぎりは二つになり、ロープの束の上には古いタオルが一枚敷かれた。
