五十年前の三秒
日曜日の午後、芳江は古い映画の番組を見つけた。 五十年前の白黒の映画だ。
「この映画に、私が出てるのよ」と芳江が言った。
詩は驚いた。 祖母から、そんな話は聞いたことがない。
「女優じゃないの。観客の一人。三秒だけよ」
芳江は昔、京都の映画館の近くに住んでいた。 ある日、監督が町の人を集めて、映画の中の観客の役を頼んだ。 芳江は十七歳だった。
有名な俳優も出ていたが、詩はその名前を知らなかった。
詩はテレビの前に座って、待った。 物語が進んで、映画の中の劇場の場面になった。
「今よ」
画面には人がたくさんいた。 詩は一人ずつ顔を見た。 芳江の顔はない。 もう一度、最初から見た。 やっぱりない。
「おばあちゃん、いないよ」
芳江は笑って、画面の右を指した。 大きい帽子の男の人が、前に立っている。 その後ろに、白い手だけが見えた。
「この帽子の人が、おじいさんよ。私の前に立ったの」
「え、じゃあ……」
「そう。映画を撮ったあと、その人が謝りに来たの」
詩はもう一度、その三秒を見た。 今度は、帽子の男の人だけを見た。
