一枚の紙の重さ
引き出しの奥から、古い封筒が出てきた。
薄い茶色の封筒で、表には私の名前が印刷されている。 「ゆかり様」。 この字を見た瞬間、これが何なのか、すぐに分かった。 二十年前、大学の入学試験の結果だ。
あの頃の私は、この一枚の紙に、自分の全てがかかっていると思っていた。 合格したら、東京で新しい生活が始まる。 もし落ちたら、全部終わりだ。 そんなふうに、本気で信じていた。
試験が終わった日のことを、今でもよく覚えている。 手ごたえは、まったくなかった。 あんなに難しい問題が解けるわけがない。 きっと落ちたに違いない。 そう思って、発表までの一週間、ほとんど眠れなかった。 母が「大丈夫よ」と言うたびに、無責任なことを言わないでほしいと、心の中で怒っていた。
結果を受け取ったのは、ちょうど雨の降る朝だった。 封筒を開けるのが怖くて、私はしばらく机の前に座ったまま動けなかった。 開けたら、きっと悪い知らせが書いてあるに決まっている。 そう思い込んでいたのだ。
でも、実際に中の紙を取り出してみると、そこには「合格」の二文字があった。
今、あらためてその封筒を手に取ってみる。 中の紙は、少し黄色くなっていた。 あの日、あんなに私を苦しめた一枚が、こんなに軽いものだったなんて。
不思議なものだ。 あの頃の私は、この結果が全てだと思っていた。 合格か、不合格か。 その二つしか可能性はないと、思い込んでいた。 でも、本当に大切だったのは、結果そのものではなかったようだ。
あの試験のあと、私はたくさんのものを得た。 東京で出会った友達。 今の仕事。 となりの部屋で眠っている夫も、あの春に始まった生活の中で出会った人だ。
もし、あの日、封筒の中身が「不合格」だったとしたら、私はきっと、別の道を歩いていただろう。 そして、その道の先でも、たぶん今と同じように、何か大切なものを得ていたに違いない。
封筒を、そっと元の場所に戻す。 二十年前の私に、一つだけ伝えられるとしたら、こう言いたい。 その紙は、あなたが思っているほど、重くないよ、と。
