借りるだけのカラス
涼太のキーホルダーがなくなったのは、火曜日の朝だった。 銀色の魚の形をしていて、去年の夏に海で買ったものだ。 かばんにつけていたのに、家に帰ると、金具だけが残っていた。
「絶対、隣の家の子だよ」と涼太は言った。 「昨日、うちの前で、じっと見てたもん」
祖母は洗濯物をたたみながら、少しだけ笑った。
「その子、まだ三歳でしょう」
「……でも、あやしいよ」
祖母は何も言わずに、台所の棚から古い菓子の缶を出してきた。
ふたを開けると、中には変な物が入っていた。 ボタン、スプーン、髪留め、光る紙の切れ端。 どれも小さくて、どれも少し光っている。
「これ、なに」
「ベランダに落ちてたの。十年ぐらい前から、時々ね」と祖母は言った。 「置いていくのよ、あの子が」
「昔ね、おばあちゃんの指輪も、ここから消えたのよ」と祖母は続けた。 「洗濯物を干していた時。三日たったら、同じ所に戻ってた」
涼太は窓の外を見た。 向かいの家の屋根に、いつものカラスが一羽止まっている。 町の人はみんな、あのカラスを泥棒だと言っていた。 ごみを散らかす、洗濯ばさみを取る、光る物を持っていく。
その日、涼太は屋根をずっと見ていたが、キーホルダーは戻ってこなかった。 夜も、次の朝も。
木曜日の朝、祖母が涼太を呼んだ。 ベランダの手すりの下に、銀色の魚が落ちていた。 少し曲がっていたが、間違いなく涼太のものだった。
「返ってきたね」と祖母が言った。
「なんで? 取ったのに」
「取ったんじゃなくて、借りたのよ。あの子は、いつも返しに来るから」
涼太は缶の中の物をもう一度見た。 ボタンも、スプーンも、髪留めも、たぶんこの家の誰かの物だ。 そしてどれも、いつかここに返しに来たのかもしれない、と思った。
学校へ行く前に、涼太は隣の家の前で立ち止まって、小さい声で「ごめん」と言った。
