社長の一番長い言葉
ゆかの初めてのアルバイトは、駅前の印刷屋だった。
初日の朝、社長は椅子に座ったまま、ゆかを見た。
「名前」
「あ、ゆかです。今日からよろしくお願いします」
「うん。これ」
社長は紙の束を机に置いた。 何をするのか、説明はない。 ゆかはびっくりして、その場に立っていた。
「あの、これは……」
「数える」
「はい」
社長は立って、ゆかの足元を指した。 「そこは危ないよ。機械が動くから」
ゆかはまたびっくりして、一歩下がった。
三十分後、ゆかは数え終わった。 「五百枚あります」
「四百九十八だ」
数え直すと、本当に四百九十八枚だった。
「まだまだだな」と社長は言った。 笑ってはいない。
昼になった。 ゆかが自分のパンを出すと、社長は机の上に紙の袋を置いた。 中には、あんパンと牛乳が入っていた。
「食べろ」
「え、いいんですか」
「安かったからだ」
社長は自分の弁当を食べながら、機械のほうを見て言った。 「ここは音がうるさいから、長い話はしないんだよ。三十年もいると、そういう考え方になる」
ゆかは笑ってしまった。 それは、その日聞いた社長の一番長い言葉だった。
