部長の金曜
木曜の送別会の店が、まだ決まらない。 中津川は予約のページを開いたまま、三十分も動いていなかった。
「まだ決まりませんか」とゆりが横から言った。 「木曜まで、あと三日ですよ」
「魚を出す店はだめなんだ」と中津川が言った。 「サケも刺身も大嫌いだと、部長がおっしゃってた」
「じゃあ、駅前のアジア料理はどうですか。辛めのものが好みの新人も喜びますよ」
「僕はかまわないが、部長は辛い料理に興味がない。それに去年もあそこだった」
「いつも部長にごちそうになっていましたから、少し高い店でもいいと思います」
「うちの課にお金持ちはいないよ」と中津川が笑った。 「一人六千円までだ」
ゆりは紙に条件を書いていった。 魚なし、辛くない、八人入る、駅から近い、六千円まで。 書き終わって、ゆりはその紙をしばらく見ていた。
「これ、一軒しかありませんね」
「とん平だな」と中津川がうなずいた。 「部長が毎週金曜に一人で行ってる店だ。あそこの焼き鳥が大好きでね」
「驚かせるつもりだったんですけど」
「驚かせなくていい。部長のお陰で今の課があるんだ。一番気に入っている店で送ろう」と中津川は言った。 「結局、三十分かけて、部長の好みを思い出しただけだったな」
「それなら、間違いないですね」と言って、ゆりは受話器を上げた。
