青い旗
午前四時。 車庫の電気はもうついている。 加藤さんはコーヒーを飲みながら、今日の予定の紙を見た。
一号車、五時出発。 四十五人。 行き先は横浜のスタジアム。 今日、そこで国際試合がある。 日本とブラジルのサッカーの試合だ。
加藤さんはこの車庫で二十年働いている。 バスを出すのが仕事で、運転はしない。 夜に働いて、朝に家に帰る。 だから、夜の試合はテレビで見られない。 次の日、ニュースで結果を知るだけだ。
四時半になると、お客さんが集まってきた。 四十五人が、みんな青いシャツを着ている。 まだ外は暗いのに、みんな元気だなと加藤さんは思った。
「すみません、トイレはどこですか」と若い男の人が聞いた。
「事務所の中にあります。まだ時間がありますから、どうぞ」と加藤さんは答えた。
加藤さんは、お客さんの荷物をバスの下に入れておいた。
一人のおじいさんが、加藤さんの横に立った。 首に青いタオルをかけている。
「あんたは、サッカーは好きかい」
「好きです」と加藤さんは言った。 「でも、夜は仕事ですから、なかなか見られません」
「そうか。もったいないなあ」
おじいさんはそう言って、バスに乗った。
五時。 運転手が席に座って、ドアが閉まった。 加藤さんが人数をもう一度数えていると、ドアがまた開いて、さっきのおじいさんが降りてきた。 手に小さい青い旗を持っている。
「これ、あげるよ」
「え、でも、私は……」
「事務所の窓に貼っておいてくれ。見に行けなくても、応援はできるだろう」
加藤さんが「ありがとうございます」と言うと、おじいさんは笑って、バスに戻った。
五時二分、バスが車庫を出て行った。 東の空が少し明るくなっている。
加藤さんは事務所に戻って、窓に青い旗を貼った。 それから、紙に「一号車 出発」と書いた。
今日は早く帰って、早く寝よう、と思った。 夜、テレビをつけたら、あの旗と同じ青いシャツが、たくさん見えるだろう。
