六時十分のバス停
十二月の夜、小屋沢の公民館に十六人が集まった。 石油ストーブの上で、やかんが小さく鳴っている。 小屋沢は、いわゆる山の集落で、家は十六軒しかない。
町が、バスを一日三本から一本に減らすという。 来月の町の会議に、集落から一人、話をしに行かなければならない。 バスが減れば、病院に通えなくなる人が出る。 どうにかしないといけない。
「とりあえず、名前を挙げてくれ」と区長が言った。
最初に出たのは、その区長の名前だった。 話が上手で、積極的で、賢い。 けれど、本人が手を振った。 「おれは頑固だ。三年前の説明会でも、途中で怒って帰った」
次に出たのは、五年前に越してきた男の名前だった。 親切だし、パソコンも使える。 性格が明るいのは、みんな知っている。 ただ、人柄までは五年では分からない、という声があった。 そこから話がずれた。 女たちが、湯呑みにお茶をたっぷり注いで回った。
一時間たっても決まらない。 区長か、あるいは越してきた男か。 町と争う役を、一人でかかえこむことになる。
その時、いちばん奥に座っていた東海林の名前が出た。 八十近い。 無口な人で、その晩も一度も口を開いていない。 さすがに年寄りには頼めない、と誰かが小さく言った。
区長は、湯呑みを置いた。
「たしか、十五年前の秋だ。ダムの説明会で、町の人が『この道を使う人は、ほとんどいません』と言った。その時、東海林さんが立って、紙を一枚出した。冬の朝、その道を通った車の数が、三年分、毎日書いてあった。およそ三百日分だ。あの頃、町に逆らう者はいなかった。立つには勇気が要る。会場は静かになって、道は残った」
区長は続けた。 「あの人は、言うことがある時しか言わん。だから、言えば通る」
東海林は、しばらく天井を見ていた。 それから、初めて口を開いた。
「会議は、いつですか」
「来月の二十日です」
「じゃあ、明日から数えます」
翌朝六時十分、東海林はバス停の前に立っていた。 手にノートと鉛筆を持っている。 バスから降りたのは、二人だった。 東海林は、二と書いた。
