「氏」と「さん」
新聞を広げると、政治や事件の記事では名前に「さん」がほとんど付いていないことに気付く。 政治の記事なら「氏」、事件の記事なら「容疑者」、スポーツなら「選手」。 一方、事件の被害者や町の人など、一般の人には「さん」が付く。
例えば、選挙の翌日の記事はこうなる。 「当選した田中氏は、支持者を前に頭を下げた」。 ここを「田中さん」に変えると、急に町内会のお知らせのような文になってしまう。
「氏」は書き言葉の敬称で、話し言葉ではまず使わない。 会社で「田中氏はもう帰りました」と言う人はいない。 付ける相手も限られていて、政治家、会社の役員、専門家など、社会的な立場が記事の中身に関係する大人に使う。 子どもや、事件の被害者には使わない。
「さん」との違いは、丁寧さの強さではなく、距離だ。 「さん」は関係の中で使う言葉で、書いた人がその相手を近くに感じていることまで伝わってしまう。 新聞は、書き手の気持ちを記事に入れないほうがいいとされている。 だから、誰に対しても同じ幅の距離を取れる「氏」が選ばれる。
テレビのニュースでは「さん」が多い。 耳で聞く言葉だからだ。 同じ内容でも、読む文と話す文で敬称が入れ替わる。
覚えておくと役に立つのは、この「氏」を自分の手紙やメールに持ち込まないことだ。 「田中氏へ」と書くと、相手を記事の中の人のように扱うことになる。 手紙は「様」、会話は「さん」でいい。
