作業場の土曜日
(土曜の午後、祖父の作業場。壁の棚に鉋や鑿が並んでいて、床には木くずが薄く積もっている。真ん中の台に、脚が一本折れた古い椅子がのせてある。) 拓海:これ、じいちゃんが作ったやつ。台所で五十年使ってた。 慎二:折れてるね。もう捨てるんじゃないの。 拓海:捨てない。折れた脚だけ作り直す。ほら、ここ、釘が一本も使われてない。 慎二:えっ、じゃあどうやってくっついてるの。 拓海:木を彫って、はめてある。乾くと締まるように、ほんの少し大きく作るんだよ。 慎二:うわ、職人技。拓海くんが継いだんだ、これ。 拓海:継ぐとか、そういうのじゃないよ。じいちゃんが死んだとき、この道具を持っていく人がいなかっただけ。 慎二:それ、どこで習ったの。 拓海:習ってない。中学のとき、ここで見てただけだ。じいちゃんは何も教えなかったよ。ずっと手を動かしてるだけ。 慎二:ふうん。……この鑿、めちゃくちゃ切れるね。 拓海:手入れしてあるからな。使ったら必ず研いで、油をひいて、それから片づける。俺、これを研げるようになるのに三年かかった。 慎二:三年。 拓海:最初の一年は、砥石のほうを削ってた。 慎二:それ、だめなやつじゃん。 拓海:じゃあ、押さえてて。俺が線を引くから、動かさないように。 (慎二が椅子の座面を両手で押さえた。拓海は折れた脚を当てて、鉛筆で印をつけた。) 慎二:この線でいいの。 拓海:いい。そこから五ミリ内側まで。 慎二:やってみていい? 拓海:いいよ。深く入れすぎないように、ゆっくりな。……そこで力を抜く。そう。手首は動かさない。 慎二:こう? 拓海:そう。それでいい。 (拓海は、自分の言葉をどこかで聞いたことがあると思った。同じ作業場の、同じ椅子の前で、後ろに立っていた人が、同じ言い方をしていた。教えるためというより、手の動きをそのまま声にしただけの言い方だった。祖父は、そうやって拓海に道具を握らせていた。) 拓海:……うまいよ、お前。 慎二:でも、今日中には終わらないよね、これ。 拓海:無理だな。木を乾かさないといけないし、俺も明日は仕事だ。 慎二:来週の土曜は。 拓海:空いてる。来週やろう。 慎二:分かった。じゃあ、それまで台所の椅子、一つ足りないままだね。 拓海:ばあちゃんには立って食べてもらう。 慎二:怒られるよ。 拓海:じゃあ、俺が立つ。五十年働いた椅子より、俺のほうがまだ元気だからな。
