歯じゃなかった
夏休みの朝、歯医者の待合室は大勢の人でいっぱいだった。
「ひかるさん、どうぞ。ここに掛けてください」と三沢が呼んだ。
ひかるは「失礼します」と小さい声で言って、戸から入った。 「歯医者、嫌だ」
「どの歯が痛いですか。右の方ですか」
「……歯じゃない。喉」
「じゃあ、口を開けて、舌を出してください」
「耳も痛い。鼻も。それから、頭も」
「腕は痛くないですか」
「腕も痛い」
「腕は、歯医者では治せませんよ」
三沢はひかるの口の中を見た。 歯はきれいで、喉が赤かった。
「昨夜の夕飯から、何も食べていないでしょう」
ひかるはうなずいた。
「歯は悪くないですよ。多分、風邪ですね」と三沢が言った。
ひかるは待合室に戻って、大きい声で言った。 「歯じゃなかった!」
