畑への足あと
山の細い道の奥に、古い狐の巣穴があった。 おばあさん狐は、そこで長い間暮らしてきた。 近ごろは、足も目も弱ってきて、遠くまで出かけることは少なくなっていた。
巣穴には、小さな狐の子らが三匹いた。 生まれてまだ半年ばかりの子たちで、一日中じゃれ合っては、巣穴の外へ飛び出したがった。
「あの下の畑には、近づいてはいけないよ」とおばあさん狐は毎晩言い聞かせた。 「人間が、わなをしかけているらしいからね。」
子らは「うん」と返事をするけれど、次の日にはもう忘れがちだった。 特に一番小さな子は、こわいもの知らずで、おばあさんが少し目をはなしたすきに、するりと外へ出ていってしまう。
「まだ小さいくせに、どこへでも行きたがるんだから」とおばあさん狐は困った顔をした。
ある朝のことだった。 おばあさんが目を覚ますと、一番小さな子の姿がない。 あわてて外へ出ると、やわらかい土の上に、下の畑のほうへ続く小さな足あとがあった。 ついさっき出ていったばかりらしく、足あとはまだ新しかった。
おばあさん狐は、弱った足で必死に坂をおりた。
畑のそばまで来ると、子は木の根もとで、じっとうずくまっていた。 前足を、細い針金のわなにはさまれている。 おばあさんの警告を、あれほど聞いていたはずなのに。
「痛いよう、おばあちゃん」と子は泣いた。
おばあさん狐は、何も言わなかった。 ただ、子の前足を口で少しずつ、少しずつ、針金からはずしてやった。 血がにじんでいたが、骨は折れていないようだった。
やっと外れた前足を、子はかばうように抱えた。 しばらく、二匹とも静かだった。
「もう、畑には行かない」と子は小さな声で言った。
おばあさん狐は、その言葉を何度も聞いてきた気がした。 自分もずっと昔、母親に同じことを言われ、同じように畑へ行き、同じように痛い思いをして、はじめて分かったのだ。 警告というものは、言葉だけでは子の心に届かない。 届くのは、いつも、こうして痛みを知ったあとだった。
坂をのぼりながら、おばあさん狐は思った。 この子も、いつか年をとって、自分の子らに同じことを言うのだろう。 そして、やっぱり聞いてはもらえないのだろう。
それでも言うのだ、と。 言わずにはいられないのが、親というものだから。
後になって、この朝のことを、おばあさんは時々思い出した。 あの小さな足あとと、静かな山と、はじめて子が見せた、こわがる目のことを。
朝の山は、まだ静かだった。
