行き違い
午後一時五十分、直樹は別館三階の第二会議室で待っていた。 ドアは開いたままで、中には誰もいない。 長い机の上には、彼が朝のうちに用意しておいた資料が六部、きれいに並べてある。 窓の外では、工事の音が続いていた。
二時を五分過ぎたとき、携帯が鳴った。 澄子からだった。
「直樹さん、今どちらにいますか」と澄子が言った。 「本館の会議室で、部長ももう座っているんですけど」
「本館?」 直樹は資料の上に手を置いた。 「別館の第二だと聞いていましたが」
「そんな伝言はしていません」
話が食い違ったまま、電話は切れた。 エレベーターは点検中だった。 直樹は資料を抱えて階段を駆け下り、一階の通路を通って本館へ渡った。 会議室に着いたときには、二時十五分になっていた。 部長はもう二つ目の議題に入っていて、直樹は入口に近い席に座り、黙って資料を配った。 誰も遅れた理由を聞かなかった。
会議が終わって人が出ていったあとも、二人は廊下に残った。
「さっきの伝言の件ですが」と直樹が言った。 彼は上着のポケットから小さなメモを出した。 「昨日の夕方、机の上にこれがありました。『二時、第二会議室』。だから別館だと思ったんです」
「本館にも第二会議室はありますよ」と澄子が言った。 「番号だけ書いてあったら、普通は自分のいる建物のことだと考えるでしょう」
「先週も先々週も、打ち合わせは別館でしました。そのつもりで読みましたよ」
「今日の予定は、月曜にメールで送ってあります」
「あのメールに、部屋の番号は書いてありませんでした」
「じゃあ、電話を一本入れておけばよかったですね。一分で済む話です」
「確認しなければ分からないメモを書いたのは、澄子さんです」
澄子はメモを受け取って、しばらく見ていた。 それから二つに折って、上着のポケットに入れた。
「私の字です。でも、書いてある場所は間違っていません」
「つまり、読んだほうの勘違いだと」
「そこまでは言っていません」
廊下の奥で、エレベーターの扉が開く音がした。 澄子はそちらへ歩いていき、直樹は反対側の階段へ向かった。 どちらも振り返らなかった。
