こたつが残った理由
長野の静子の家の居間には、四十年前から同じこたつがある。 天板の色は少し変わったが、下の電気の部分を取りかえたのは一度だけだ。 十一月の終わりになると、静子は押し入れからこたつ布団を出し、天板をはずして布団をかけ、その上にまた天板をのせる。 それで冬の準備は半分終わる。
日本の家では、今でも部屋全体を暖めないことが多い。 なぜだろうか。 理由の一つは、昔の木造の家が熱を外に逃がしやすかったことだ。 障子や板の戸のすきまから風が入り、暖めた空気はすぐに天井のほうへ上がっていく。 部屋を丸ごと暖めても、その熱はほとんど残らなかった。
そこで人々は、部屋ではなく人を暖めることを考えた。 こたつは、机の下の小さな空間だけを暖める道具だ。 布団が熱を閉じこめるから、足も手もすぐに温かくなる。 使うエネルギーは、部屋のエアコンをつける場合の数分の一で足りる。
静子が子どものころのこたつは、電気ではなかった。 木の枠の中に炭を入れて使うもので、朝と晩に灰の始末が必要だった。 祖母が「頭を入れて寝るな」と何度も言ったのを、静子は今も覚えている。 電気のこたつが一般に広まったのは、静子が中学生のころだ。 危なくないし、スイッチ一つでいい。 それでも、足元だけを暖めるという考え方は、炭の時代から変わっていない。
では、こたつは寒い家でしか役に立たないのだろうか。 そうではない。 今の日本の家は、昔よりずっと暖かい。 窓は二重になり、壁には断熱材が入っている。 それでも、こたつは一般の家庭から消えなかった。
理由は、暖かさとは別のところにある。 こたつは、家族を一か所に集める。 エアコンなら、それぞれが自分の部屋で好きな温度で過ごせる。 こたつは一つしかないから、みんなが同じ布団の中に足を入れることになる。
静子の家では、正月に息子の家族が来る。 息子のマンションには床暖房があって、廊下まで暖かいそうだ。 それでも、孫たちはこたつの角の席を取り合う。 みかんの皮が天板にたまり、だれかが宿題を広げ、だれかが横になって寝てしまう。 猫も入ってくる。 静子は台所から、その様子をながめている。
エネルギーを節約するために生まれた道具が、今は別の価値で残っている。 寒い家を暖めるためではなく、暖かい家の中で家族が同じ場所に座る理由として。 こたつの本当の働きは、もしかすると最初からそちらだったのかもしれない。
