「いち」はどこから
金曜日の夜八時、中学校の音楽室には、まなぶとちひろの二人だけが残っていた。 文化祭は明日だ。
もう一度音楽をかけて、二人は踊り始めた。 しかし、真ん中のところで、また合わなくなった。
「ちひろ、今、少し遅れてる」とまなぶが言った。
「そんなに遅れてないよ。まなぶが早いんだって」とちひろは鏡を見ながら答えた。 「それに、この格好、腕を上げると袖が顔にかかるくらい長いの。」
音楽を止めて、二人はしばらく黙っていた。 明日、体育館には三百人が来る。 仲良く見えないダンスを、その三百人に見せることになる。
「もう一回、最初から数えてみよう」とまなぶが言った。 「いち、に、さん、し。」
「待って。まなぶ、どこから『いち』?」
「ドラムのところ。」
「私、その前のピアノから数えてる。」
二人は顔を見合わせた。 ちひろが遅れていたのではない。 最初から、違うところを「いち」にしていたのだ。
もう一度、ピアノから数えて踊った。 今度は、鏡の中の二人の腕が、同じ高さで止まった。
「袖、明日の朝までに少し短くしとく」とちひろが言った。
