同じ人の、三分間
昼休みの終わり、鈴木さんは廊下の窓のところで電話に出た。
「おー、久しぶり。うん、元気元気。え、来週? 無理だって、水曜は会議」
大学の同級生からのようだ。 声が大きい。 笑うときに、体が少し前に出る。
「なんで俺が払うんだよ。この前も俺だったじゃん。……はいはい、分かったよ。じゃ、店だけ決めといて。安いとこな」
電話を切って、鈴木さんはスマートフォンをポケットに戻した。 三秒も経たないうちに、また鳴った。 画面を見て、鈴木さんは背筋を伸ばした。 廊下には誰もいないのに、立ち方まで変わった。
「お世話になっております。鈴木でございます。……はい、資料の件でございますね。大変申し訳ございません、本日中にお送りいたします」
声の高さが変わっている。 さっきより静かで、言葉の一つ一つがゆっくり、はっきりしている。
「はい。……はい、承知いたしました。ご迷惑をおかけして、申し訳ございません。それでは、失礼いたします」
電話が終わると、鈴木さんは大きく息をして、また普通の顔に戻った。
同じ人の、同じ三分間である。 しかも、どちらの電話でも、最後は相手の言うことを聞いている。 それなのに、声も、言葉も、態度も、まるで別人のように異なる。 日本語を勉強し始めたばかりの人が聞いたら、二人いると思うかもしれない。
相手が異なるので、言葉も異なる。 敬語は、丁寧かどうかの問題ではなく、相手との距離を声で示すための道具だ。 だから鈴木さんは、一日に何度もこの切り替えをしている。 本人に聞くと、「別に、意識してないけど」と言う。 たぶん、そこがいちばん難しいところだ。
