三十七軒のうち三十二軒
班長の番は、三年に一度回ってくる。 丹羽の家では四月から始まり、五月の会合で、坂の下の交差点の話が出た。
塀が高くて、右から来る自転車が見えない。 朝は通学路になっていて、児童が三十人ほどそこを通る。 誰かが何度も言っていたが、誰も紙にしたことはなかった。
会合の終わりに、丹羽の名前が呼ばれた。 手を挙げた覚えはなかった。
区役所に電話をすると、要望書という紙を出せばいいと言われた。 あて先の欄には、市長と印刷されていた。 市長に手紙を書く日が来るとは思っていなかった。
紙には、班の全ての家の名前を集めることになっている。 三十七軒。 丹羽は夕方に回ることにした。 昼間はほとんどの家が留守で、勤め先から帰るのは七時を過ぎるからだ。 朝早く出社する家は、夜も遅い。 作戦としては悪くなかったが、夕食の時間にベルを押すのは、やはり少し勇気がいった。
一軒目は五分で終わった。 二軒目は、同じ県の出身だと分かって話が長くなり、三十分かかった。 三軒目は、去年町内会に加入したばかりの若い夫婦で、二人とも名前を書いてくれた。
四軒目の人は、個人の名前を出すのは嫌だと言った。 丹羽は無理に頼まなかった。 次の家に行くと、偶然その隣の人も出てきて、話を聞いて自分から加わった。
三日目の夜に、三十二軒分が集まった。 書けなかった五軒のうち、三軒は留守、一軒は入院中、一軒が四軒目の人だった。
丹羽は要望書を読み返した。 書いてあるのは、道の名前と、朝の時間と、鏡を一つ、という三行だけだった。 政策とか法律とか国民とか、そういう大きな言葉は一つも出てこない。 市民という言葉だけが、紙の上のほうに小さく印刷されていた。
土曜の朝、丹羽は区役所の窓口に紙を出した。 職員は名前の数を数えず、地図のほうを長く見ていた。 それから、写しを一枚くれた。
「順番がありますので、早くて半年、たぶん一年ぐらいだと思ってください」
丹羽は写しを持って帰り、台所の引き出しに入れた。
鏡が付いたのは、十か月後の四月だった。 丹羽の班長の番は、その前の月に終わっていた。
