袋を間違えて
その夜の送別会は、二人分だった。 三十年勤めた部長の定年退職と、来月からロンドンに行く若手の海外転勤。 後輩は、二つの紙袋を預かって、司会も任されていた。
「では、部長へ。皆様からの餞別と寄せ書きです」
拍手の中で袋を受け取った部長は、その場で中身を出した。 出てきたのは、海外用の電源プラグと、『三十日で話せる英会話』という本だった。
後輩の顔が、みるみる青くなった。 袋を間違えてしまったようだ。 隣の席では、ロンドンに行く若手が、「三十年間、お疲れさまでした」と書かれた色紙を持って固まっている。 後輩は、これで自分も海外に飛ばされるかもしれない、と思った。
部長はしばらく本の表紙を見ていたが、ゆっくり顔を上げて後輩を見た。 「で、私はいつロンドンへ発てばいいのかね」
