祖父の庭の木
子供の頃、僕は祖父のこういちさんのことが、あまり好きではなかった。
祖父の家は、山の近くにある古い一軒家だ。 夏休みになると、両親は僕をそこに預けた。 祖父はいつも無口で、一日中、庭で木を切ったり、畑の世話をしたりしていた。 テレビもゲームもないその家で、僕はいつも退屈だった。
小学生の頃、僕は祖父の存在の意味が、まったく理解できなかった。 なぜ両親が僕を毎年ここへ送るのか、分からなかった。
でも、成長するにつれて、僕は少しずつ祖父のことが分かるようになった。
中学生になったとき、祖父は僕に、庭の木の名前を一つずつ教えてくれた。 「これはお前が生まれた年に植えた木だ。」と祖父は言った。 その木は、僕とともに、少しずつ大きくなっていた。 僕はそのとき初めて、祖父が僕のことをずっと考えていたことを理解した。
その夏、僕は初めて祖父と一緒に畑で野菜を育てた。 水をやるために、毎朝早く起きた。 祖父は「植物は、世話をすればするほど、応えてくれる。」と教えてくれた。 トマトが赤くなったとき、僕は自分のことのようにうれしかった。
高校生になると、僕は自分から祖父の家へ行くようになった。 年を取るとともに、祖父の体は少しずつ弱くなっていった。 それでも、僕が行くと、祖父はうれしそうに畑へ連れて行ってくれた。
「今後、この畑をどうするか、お前が決めればいい。」 ある夏、祖父は静かにそう言った。 僕は、その言葉の重要さを、すぐには理解できなかった。
祖父が亡くなったのは、僕が二十歳のときだった。
祖父の家は、今も山の近くに残っている。 庭の木は、前よりずっと大きくなった。 時が経つとともに、僕は祖父の存在がどれほど重要だったか、少しずつ分かるようになった。
無口だった祖父は、言葉ではなく、木や畑を通して、大切なことを僕に教えてくれていたのだ。 今、その木の下に立つと、祖父が今もそこにいるような気がする。
