二番目の音
日曜の午後、曽根は台所のテーブルでノートパソコンを開いた。 木曜の会議の録音が、参加したメンバー全員に送られていた。 四十二分ある。 聞くつもりはなかったのに、開いてしまった。
相手はミラノの家具の企業で、会議は月に二回ある。 曽根がイタリア語を始めてから、今年でぴったり十年になる。 最初の二年は語学の学校に通い、あとの八年は一人で続けた。 十年前は通訳を頼んでいた。 今は頼んでいない。 それが上達なのかどうか、曽根には決められない。
まず、声が違う。 イタリア語で話す時の自分の声は、母語で話す時より少し高い。 十年間、誰にも言われたことがなかった。
一分十二秒から、曽根が来月の予算について説明している。 会社を代表して話す部分だ。 四十秒、一度も止まらない。 動詞の形にもミスがない。 曽根は少しほっとして、そこをもう一度聞いた。
二分半のところで、棚という単語が出てこない。 「本を置く、その、四角い、木の……」と、五つの言葉で回り道をして、なんとか相手に届いている。 八秒かかった。 不自由ではあるが、止まってはいない。 十年前なら、ここで黙っていた。
録音の中で、曽根の声は二人の男の声にはさまれている。 左がミラノの担当者、右が東京の部長だ。 その二人が話している間、曽根は何も言わない。 ただ、十年前と違って、相手の顔を見る余裕はあった。 それは覚えている。
問題は三分四十秒だった。
自分の説明の最後に、曽根は一言付け加えている。 来月の予定についての、短い文だ。 その中の一つの単語を、彼女は二番目の音を強く言った。 二秒後、ミラノのネイティブが、同じ単語を使った。 一番目の音を強く言って、そのまま次の話に進んだ。
直されたのか、ただ話が続いただけなのか。 違うのはアクセントの位置だけで、相手の声の高さも速さも変わっていない。 曽根は画面をのぞきこんで、その二秒を探した。
一体どちらなのか、録音は教えてくれない。 この言語を十年やって、まだそこが分からない。
三分四十秒から、三分四十五秒まで。 曽根はそこを五回聞いた。 五回とも、同じ音だった。
