三月の柿の木
(三月の午後、おばあちゃんの家の台所)
くみこ:うわ、寒い。三月なのに、家の中のほうが寒くない?
かずや:ストーブ、灯油入ってないよ。去年から一度も入れてないし。
くみこ:……そっか。
かずや:姉ちゃん、天井、見て。あそこ。
くみこ:あー……。しみ?
かずや:雨漏りしてるみたい。去年の台風のあとからだと思う。屋根を直すと百万ぐらいだって、隣の人が言ってた。
くみこ:百万。
かずや:それだけじゃない。風呂と、台所の床も。全部で、たぶん二百万は超える。
くみこ:不動産屋は、なんて言ってたの。
かずや:土地だけなら買い手はいるって。家は、たぶん壊すことになる。
くみこ:壊す、か。
かずや:うん。
くみこ:残せば、直さなきゃいけないよね。誰も住まないのに。
かずや:そう。それが一番の問題。
くみこ:貸すっていう手は?
かずや:それも聞いた。この辺、借りたい人がほとんどいないって。それに、貸すなら結局、先に直さないといけない。
くみこ:税金は?
かずや:家があるうちは安いらしいけど、空き家のままだと、そのうち高くなるって。あと、草。夏は月に一回誰かが来ないと、道まで出ちゃう。
くみこ:去年の夏、それで隣の人から電話もらったんだよね。
かずや:もらった。新幹線で来て、三時間草を切って、その日のうちに帰った。
くみこ:ごめん。
かずや:いいよ。ただ、それを二十年続けられるかっていうと、無理。うちも、上の子が来年高校だし。
くみこ:私、去年、何回来た?
かずや:……一回。お葬式。
くみこ:一回か。
かずや:俺も二回。お葬式と、あの草の日だけ。
くみこ:残しておいて、誰も来ない家にするのが、一番おばあちゃんに悪い気がする。
かずや:うん。俺もそう思う。
くみこ:じゃあ、売る?
かずや:……売る。
(二人は、台所の窓から庭を見る)
くみこ:柿の木は?
かずや:土地を売ったら、たぶん切られてしまう。
くみこ:あの木、おばあちゃんが植えたんだよね。
かずや:お母さんが生まれた年だって言ってた。だから、六十年ぐらい。
くみこ:毎年、送ってきたよね。段ボールに、新聞紙に包んで。
かずや:固いやつばっかりだったな。柔らかいのは自分で食べてたんだと思う。
くみこ:ふふ。そうかもね。
かずや:……姉ちゃん。
くみこ:ん?
かずや:一本だけ、枝、切って持って帰っていい?植えられるか分かんないけど。
くみこ:いいよ。私は、台所の時計、もらう。
かずや:あれ、まだ動いてる?
くみこ:動いてない。でも、いい。
かずや:じゃあ、来月、業者に連絡するね。
くみこ:うん。……かずや、泣いてる?
かずや:泣いてない。花粉。
くみこ:三月だもんね。
かずや:三月だから。
