一行目
ひなのが祖父の文房具屋を継いで、三か月がたった。 駅前の商店街の、間口の狭い店だ。 ノートと鉛筆と、少しの絵の具を売っている。 祖父は五十年この店をやって、去年の春に亡くなった。
日曜日、店の奥の部屋を片づけていると、古い段ボールの下から茶色い表紙のノートが出てきた。 表紙には、売上帳と祖父の字で書いてある。
中を開くと、日付と品物と金額が並んでいた。 ただ、数字の横に、細かい字で何か書き足してある。
三月四日、原田さん、ノート五冊。 息子さんが来月から東京へ、と書いてある。
四月十日、田中先生、赤ペン十本。 毎年この時期。 三本おまけ、とある。
六月二日、佐々木さん、便箋。 奥さんの手紙用。 線の太いものを、と書いてある。
ひなのは、原田さんも田中先生も知っている。 原田さんは今も水曜日に来る。
ページをめくると、祖父の字はだんだん大きくなり、去年の三月で終わっていた。
次の水曜日、原田さんがノートを二冊持ってレジに来た。 五冊じゃないんですね、と聞きそうになって、ひなのはやめた。 代わりに、おまけです、と鉛筆を一本袋に入れた。
その夜、ひなのは新しいノートの一行目に書いた。 四月六日、原田さん、ノート二冊。 息子さんのこと、今度聞いてみる。
