兎に噛まれた指
西荻窪の喫茶店のカウンターで、新開と槙が並んで座っていた。 二人は四十八年の友人だ。
「初めて会ったのは、中学一年の夏だろ」と新開が言った。 「朝礼でお前が具合を悪くして倒れて、俺が保健室に運んだ」
「違う」と槙が言った。 「それは二回目だ」
「二回目?」
「小学五年の飼育小屋。俺が兎に噛まれた時、お前がいた」
新開は覚えがなかった。
槙は左手の人差し指を見せた。 細い白い線が残っている。 「これだ。すごい血が出て、俺が大声を出したら、お前が押さえた」
「……ああ」と新開が言った。 「耳の垂れた、大きいやつか」
「思い出しただろ。あの後、二人とも叱られて、大変だったんだ」
「思い出した。ただ、俺が押さえたのは指じゃない。口だ。うるさかったから」
槙が大笑いした。 新開も笑って、「兎から始まった仲か」と言った。
「幼なじみだよ、俺たちは」と槙が言った。
「幼なじみでいい。五十年近く付き合ってるし、信頼もしてる。ただ、親友って言葉は、まだ早い」
「五十年待って、まだ早いのか」
「あと十年見る」
槙はコーヒーをもう一杯頼んだ。 「じゃあ、十年後に聞くよ」
