合わないボタン
春男の仕立て屋には、机の右下に、めったに開けない引き出しが一つある。 中には、ガラスの瓶が入っている。 五十年分のボタンが、その中にたまっている。
直したズボンから外れた黒いボタン。 制服の金色のボタン。 子供のコートの、小さな花の形のもの。 どれも、持ち主に返しそこねたものばかりだ。 取れかけたボタンを一つ付け直すとき、春男はいつも、同じ物を全部新しくする。 古いほうは袋に入れて客に返すのだが、いつもなぜか一つだけ、机の上に余る。
余ったボタンを捨てられないのは、自分の性格だと思っていた。
木曜の午後、客の来ない時間に、春男は久しぶりに瓶を出した。 中の物を、机の上に少しずつ並べていく。
茶色い革のボタンは、駅前の中学校の先生のコートだ。 二十年、同じ物を直しに来ていた。 去年、店の前を通って、軽く手を上げていった。
四角い黒いボタンは、若い夫婦の、夫のほうだ。 結婚式の前の日に、慌てて走ってきた。 袖の長さが合っていなかった。
小さな貝のボタンは、名前を思い出せない。 それでも、確かに誰かの服だった。
一番下に、白いボタンが一つ残っていた。 ほかのどれより古くて、少し黄色くなっている。 春男は、それだけはよく覚えている。
二十歳のころ、まだ師匠の店にいた。 近所の娘が、コートの直しを持ってきた。 仕上げたあと、春男は一つだけボタンを外して、こう言った。
「ボタンが一つ足りないので、もう一度来てください」
娘はもう一度来た。 それから、五十年一緒にいた。 三年前の冬に、先に行った。
春男はその白いボタンを取って、自分の上着の内側に縫い付けた。 誰にも見えない場所だ。 それから、残りを瓶に戻して、引き出しを閉めた。
