あと十分
学生:ううう……。
おばさん:あんた、中にいたら余計だめよ。こっち来て、外の空気を吸いなさい。
学生:でも、風が強くて。
おばさん:風より、揺れを近くで見るほうが悪いの。遠くを見るのよ。ほら、あの島の白い灯台。ずっとあれを見てなさい。
学生:……あ。ちょっと、ましかも。
おばさん:でしょう。船の中はね、壁が一緒に動くから、頭が分からなくなるのよ。
学生:薬は飲んだんですけど。
おばさん:いつ?
学生:乗ってから。売店で買って。
おばさん:それじゃ遅いわ。あれ、三十分前に飲むものよ。
学生:……どこにも書いてなかったです。
おばさん:箱に書いてあるわよ。
学生:おばさんは、酔わないんですか。
おばさん:私?この航路、三十年乗ってるからね。もう魚みたいなものよ。
学生:うらやましいです。
おばさん:でもね、私、バスがだめなの。高速バスは十分で顔が真っ青。
学生:えっ。
おばさん:だから今日も、港からは電車で帰るの。……あ、ほら。
学生:何ですか。
おばさん:港。もう見えてるでしょう。あと十分で着くわよ。
学生:……十分。
おばさん:さっきの薬、ちょうど今から効いてくるわね。
