伝票の裏に書いた値段
六時十分、店が小さく揺れた。 地震はすぐに収まって、棚の缶がいくつか少しずれただけだった。 被害と呼べるものは何もなかった。
その二分後、店のあらゆる機械が同時に止まった。 停電だった。
レジが動かない。 自動ドアも開かない。 飯尾はドアを手で押し開けて、とりあえず足元に段ボールを置き、開いたままにした。 外はまだ明るかったので、店の前の方だけは物がよく見えた。
奥の部屋に、店長がキャンプに持って行くつもりで置いていたランタンがあった。 飯尾はそれをレジの横に立てた。
最初の客は、小さい子どもを連れた女の人だった。 水を二本と、おむつを一袋。 カードは使えないので、現金だけになる。 飯尾は伝票の裏に値段を書いて、電卓を使わずに足した。
「合計、千二十円です」と飯尾が言った。
「早いんですね」と女の人が言った。
「毎日打ってると、だいたい覚えますから」
冷蔵庫が止まっているので、クリームパンとサンドイッチは早いうちに売ってしまいたかった。 飯尾はそれを入口の近くの台に並べ直した。
高校生のグループが入ってきて、パンを六つ買っていった。 彼らが出て行ったタイミングで、店の中の携帯が一斉に鳴った。 緊急地震速報だった。
客も飯尾も、その場で動きを止めた。 数秒待つと、床が少し揺れて、それで終わった。 誰かが小さく笑って、また棚の方へ戻っていった。
電池を探しに来る人が続いた。 単三はすぐになくなり、単一だけが残った。 八時を過ぎると、さすがに外も暗くなって、ランタンの明かりが届かない棚の前では、客が携帯の光を使っていた。
ボールペンのインクが途中で切れて、飯尾は二本目に替えた。
電気が戻ったのは九時前だった。 冷蔵庫が音を立てて動き出し、天井の明かりが一度に点いた。
飯尾は手元の紙を数えた。 およそ四十枚だと思ったが、正確には四十七枚あった。 そのうち三十枚は水だった。 たしか、その日の昼に入れた水は二箱だけだった。 棚には、一本も残っていなかった。
