地図の上の苗字
学校の宿題で、家族の名前を三代前まで調べることになった。 私は日曜日におじいちゃんの家に行って、こたつの上に大きい紙を広げた。
「おじいちゃん、うちの苗字って、どういう意味なの」
おじいちゃんはみかんの皮をむきながら、少し考えた。
「中里だろ。里っていうのは、山の中の小さい村のことだ」
「じゃあ、真ん中の村ってこと?」
「村が三つ並んでたら、その真ん中。たぶん、そういう意味だな」
私は少しがっかりした。 もっと格好いい由来を期待していたからだ。 侍とか、そういうのを。
「なんか、普通だね」
「普通だよ」とおじいちゃんは笑った。 「普通じゃない苗字のほうが少ないんだ。日本人の苗字のほとんどは、昔その家が住んでいた場所の名前なんだから」
おじいちゃんは立ち上がって、本棚から古い地図を出してきた。 新潟の、山のほうの地図だった。 指でゆっくりたどっていって、あるところで止まった。
「ほら、みのり。ここだ」
小さい字で「中里」と書いてあった。 川と川の間の、本当に小さい場所だった。
「行ったことがあるの?」
「ない。俺のじいさんが子どものときにここを出たそうだから、もう百年以上、うちの人間は誰も行ってないんじゃないかな」
私は地図の上のその字を、しばらく見ていた。 宿題の紙には、名前を書くところしかない。 でも、うちの苗字は名前じゃなくて、この小さい場所のことだったようだ。
「おじいちゃん、春になったら、一緒に行ってみない?」
「電車とバスを乗り継いで、半日かかるぞ」
「半日でしょ。百年ぶりなんだから、それくらい」
おじいちゃんは何も言わなかった。 ただ、その地図をたたまないで、こたつの上に置いたままにした。
