遠慮じゃない
(金曜の夜。画面の中の隆の後ろに、段ボール箱が七つ積んである。久美子は台所に立ったまま、携帯を棚に立てかけている。) 隆:見える?これ、全部そう。親の遺品、これで全部だ。 久美子:多いね。 隆:二年置いてある。うち狭いから、正直そろそろ動かしたいんだよ。 久美子:うん。……ごめん、私がずっと何も言わなかったから。 隆:いいよ。それより、久美子が要るものを先に取って。残りは俺が考えるから。 久美子:私は、お兄ちゃんが決めていいと思ってる。前からそう言ってるでしょ。 隆:それ、遠慮して言ってるんじゃないの。 久美子:遠慮じゃない。 隆:例えば、台所のものとか。久美子、料理するだろ。 久美子:お兄ちゃんだって、するでしょ。 隆:俺は使わない。全部同じ形の皿でいい人間だから。 久美子:私も、もう自分のがあるの。二十年使ってるやつが。 隆:……じゃあ、一つだけはっきり聞くけど、この中に、要るものある? (久美子は少し黙った。) 久美子:ない。 隆:ない。 久美子:ない。……お兄ちゃんは? 隆:俺もない。 久美子:え。 隆:一つも要らない。二年これを置いてたのは、久美子が要ると思ったからだよ。 久美子:私は、お兄ちゃんが全部欲しいんだと思ってた。だって、最後まであの家にいたのはお兄ちゃんだから。 隆:家にいたのと、物が欲しいのとは別だろ。 久美子:……そうか。じゃあ、お母さんの服は。 隆:去年の夏に捨てた。虫がついてたから。 久美子:……そう。 隆:じゃあ、これも捨てていい? 久美子:……ちょっと待って。 隆:二年待ったよ、俺。 久美子:分かってる。分かってるけど、今それを言われても、 (画面が暗くなった。隆の後ろには、箱が七つ、そのまま残っている。)
