坂の上の店は、まだあるか
都築が高校を出た年の春、同級生の一家が、四国の町に引っ越した。 父親の仕事の都合だった。 それから三十二年、二人は年に二、三回、手紙を書いている。 電話はしない。 互いの声を、都築はもう思い出せない。 電話番号も聞いたことがない。 万一何かあっても、知らせようがない。
高校の頃、二人が特別に仲が良かったわけではない。 同じ教室にいて、同じ坂を上って帰った。 それだけだ。 会いに行く余裕がないまま、三十二年が過ぎた。
手紙の主な話題は決まっている。 仕事のこと。 子どものこと。 野菜の値段。 向こうの町に住宅が増えたこと、こちらの町の店が減ったこと。 友情とか、信頼とか、そういう言葉は一度も出てこない。 親友と書いたこともない。
友人の封筒は、いつも同じ大きさだ。 便箋が二枚、ぴったり入る。 返事が来る頃になると、都築は郵便受けをのぞきこむ。 入っていると、ほっとする。
二人が育った町は、丘の斜面に家が並んでいる。 坂を上りきった所に、小さな店があった。 パンと牛乳とアイスを売っていて、高校生の頃、二人はそこで模擬試験の点を争った。
同級生の手紙には、必ず同じ一行がある。
「坂の上の店は、まだあるか」
都築は、返事を書く前に、必ず坂を上る。 家から十五分かかる。 見てから書く。 三十二年、それだけは変えなかった。
「まだある。おばさんは腰が悪いが、なんとか開いている」
「まだある。アイスの箱が新しくなった」
「まだある。息子さんが手伝い始めた」
今年の三月、坂を上ると、店のシャッターが下りていた。 紙が一枚貼ってあって、長い間ありがとうございました、と書いてあった。
その日は、そのまま帰った。 四月の初め、都築はもう一度坂を上った。 シャッターの前に、自動販売機が二台置かれていた。
家に帰って、返事を書いた。
「先月、閉まった」
それから、いつものように、最後に一行付け加えた。
「今は自動販売機が二台ある。青いのと、赤いのだ」
