来週まだあったら
土曜の朝の広場には、古本の店が三つ出る。 いちばん奥の店は、机の上に本を積んで、値段を書いた紙をテープで貼っているだけの店だ。 彩乃は先週、そこで古い料理の本を見つけた。 昭和の家庭料理の本で、千二百円だった。
「あのとき買っておけばよかった」と彩乃が言った。
「先週も同じこと言ってた」と陽子が言った。「ううん、違うか。先週は『来週まだあったら買う』でしょ。それで、なかったんでしょ」
「なかった。今日来てみたら、もうなかったの。値切ろうと思ってたのに」
「千二百円を値切るつもりだったんだ」
「百円でも安いほうがいいじゃない」
「後悔って、そういうところから始まるんだよ」と陽子が言った。「百円のために一週間迷って、千二百円まるごとなくすの」
「言い方がひどい」
陽子は笑って、机の端の本を一冊持ち上げた。 厚い、緑の表紙の本だ。 世界の魚の図鑑で、千八百円と書いてある。 彩乃はこの本を、二週間前から見ている。
「別に迷ってない」と彩乃が言った。
「二週間同じ本を見てる人のことを、迷ってるって言うの」
「……買う」と彩乃が言った。「今度は迷わない。迷ったから後悔したんだから」
彩乃は財布を出して、千八百円を数えて、店の人に渡した。 値切らなかった。 今月はもう本を買わないと決めていたことも、一緒に忘れることにした。 緑の本を胸に抱えて、彩乃は大きく息をついた。
「彩乃」と陽子が言った。 陽子は隣の店の足元を指していた。 段ボールの箱が置いてあって、「全部百円」と紙が貼ってある。 いちばん上に、同じ緑の表紙が見えていた。
