四十分
午前一時のコインランドリーは、非常に明るい。
涼太のアパートの洗濯機が壊れてから、三週間になる。 大家さんに言えば直してもらえるのだが、なんとなく言わないまま、週に二回、この店に来ている。 居酒屋のアルバイトが終わるのが十二時半。 それから洗濯物を持って歩いて五分。 この時間に開いている店は、この通りで唯一ここだけだ。
洗濯機に洗剤を入れておいて、涼太は椅子に座り、パソコンを開いた。 四十分。 涼太はこの四十分が嫌いだった。 何もできない四十分。 だから、いつもレポートを持ってくる。
奥の椅子には、今夜もいつもの人が先に来て座っていた。 木村さんという。 名前を知っているのは、洗濯物の袋に大きく「木村」と書いてあるからだ。 六十歳ぐらいで、いつも同じ紺の上着を着ている。 何度も同じ時間に会っているので、最近は会うと軽く頭を下げるようになった。
一番奥の乾燥機の中では、白いタオルが何枚も回っていた。 手には、外の自動販売機で買った缶コーヒーがある。 本も携帯も出さない。 コーヒーを飲みながら、ただ回っている乾燥機を見ている。 その顔は、疲れているようには見えなかった。
「タオル、多いですね」と涼太は言ってみた。
「ああ、仕事のだよ」と木村さんは言った。 「タクシーのね。一日走ると、けっこう汚れるんだ」
「毎晩ですか」
「毎晩。休みの日以外はね」
涼太は自分のパソコンを見た。 書きかけのレポートは、さっきから一行も進んでいない。 それから、また木村さんを見た。
「あの、待っている間、何をしてるんですか」
木村さんは少し笑って、乾燥機のほうを見たまま答えた。
「何もしない」
「え」
「一日のうちで、何もしなくていいのは、この四十分だけなんだ。だから、何もしないことにしてる」
乾燥機が止まった。 木村さんはタオルをたたんで袋に入れ、「お先に」と言って出て行った。 ガラスの向こうで車のライトがついて、すぐに消えた。
涼太の洗濯機は、まだ二十分残っていた。 涼太はパソコンを閉じて、かばんに入れた。
非常口の緑の明かりと、洗濯機の音だけが残った。 何もしない二十分は、思っていたよりずっと長くて、少しも退屈ではなかった。
